明日をも見通せない者に21世紀を展望せよとは酷な話.
2001年でも21世紀ではあるが, 展望となればせめて 2050
年を念頭におくべきであろう.となれば自分はもはや生
きていない時代である. 気楽に書かせていただく.
古来 , 人間にとって根源的な疑問は2つであったと思
う. 1つは, 外に向かって自分の住んでいる世界は何な
のかということ, 2つ目は内に向かって自分自身は何な
のかということである.日々のいとなみは,これらの問
いに答えるために行われるなどということはないが,長
い目でみれば結局はこの問いをめぐって,人々は生きて
いるように思える.ほとんどの神話や教典が天地創造か
ら始まっているという事実は, 第1の問いが最も基本的
なものであることを示している.この問いが具体的なテー
マを生み出していくことが,歴史時代の幕開けにつながっ
ているようだ.たとえば,星や太陽の運行を見て暦が作
られたように.星占いや,太陽信仰などのわき道もあっ
たが, 第1の問いに対する人間の集中度は高い.地動説
からニュートンの法則へ至っては,星の運行を含めた日
常世界の物理学的原理を明らかにしてしまった.20世紀
に入って,相対性理論と量子力学を手に入れ,近年では
宇宙を構成する基本粒子の実体と,これらを結びつける
3 つの力を大統一理論として集約しつつある.21世紀に
は,これに重力を加えた「超大統一理論」が完成するか
もしれない.そうなれば , 第1の問いは一通りの完結を
みることになる.
第 2 の問いはおのれ自身のことであり,星を見つめる
というほどには手近な糸口がみつからず,出発点では難
渋している.まずは霊魂に思い至り,ここで 2つに分か
れる.一方は宗教へ,他方は生き物の観察への道をたど
る.かくして,アリストテレスやガレノスにおいてなお,
ということはその後の1,000 年以上の時代も同じく,霊
魂は生き物の中核にある.
近代に至って生命の科学が再登場する時には,研究は
内に向かった問いなどという深刻さから解き放たれて,
遺伝,発生,進化などのメカニズムが明らかにされてい
く.免疫は,現象としては古代より知られていたが,パ
スツールによる「二度なし」概念の確立以後,抗毒素の
発見を経て科学の仲間入りをする.これら生命科学の諸
分野は,化学や物理学,いろいろな技術の発達と相まっ
て加速度的に進む.しかし,そこはやはり生き物のこと,
根底に計り知れない複雑さが横たわっており,文学的な
あいまいさを含んでいた. それは生命科学の魅力でもあっ
たが….
生命科学を変えた大事件が2つあったかと思う.1つは
遺伝子がDNAという分子になったことである.これを切
り貼りして機能をしらべる技術が発達し, 個々の生命現
象は有無をいわさぬ正確さで調査され, 確定事項の山が
築かれていく.第 2 の事件は免疫学の突出である.免疫
学も,クローン選択説からしばらく後までは,抗体の化
学を別にすれば,あいまいさの中を行き来していた.し
かるに,DNA事件以後急成長するのである.DNAのイン
パクトは分野を問うものではないが,免疫学にはそれを
即座に受け入れる条件がととのっていた.抗体の多様性,
T-B 相互作用などなど,すでに露出している鉱脈に加え
て, 掘り進めばまた新たな鉱脈が現れるかのごとくであ
る. しかも,実験の対象は大腸菌並みに手軽な細胞であ
る.免疫グロブリンとTCR遺伝子の再構成, MHCによ
る抗原提示,レパトア選択,サイトカイン, シグナル伝
達など, すべては確定事項に組み入れられつつ,かつ生
命科学の垣根を取り払う勢いで他分野へも駆動力を配分
していく.
未だ近くはないとはいえ生命科学のゴールが見え始め
て, 人間は根源の問いへ立ち返りつつある.すでに脳の
研究が始まっているが,21世紀には生命科学の中核とし
て人間のエネルギーがここに結集することはまちがいな
い. といって,免疫学が無用になるわけではない.天文
学が外へ向かった問いに対して果したと同じ役割りを,
免疫学は内に向かった問いにおいて果している. これか
らも数十年間にわたって ,細胞や蛋白分子の働きを明ら
かにするための題材と手段を提供し続けるであろう.
21 世紀の終わりはどうなっているであろうか.2 つの
問いには答えが出されているかもしれない. 物質を組み
立ててつくられた生き物である人間が, 物質自体とその
組み立ての原理, さらには住んでいる空間の原理を解き
明かしたとすれば, それは1つの完結であろう.その先
のことは分からない.